算命学教室

※現在新カリキュラム準備のため、算命学教室は募集を一時停止しております。算命学を学びたい方は算命学教室をご利用ください

さる山さる子の算命学教室、略して「さる命学教室」

算命学の思想・哲学とそれが生まれた背景を、基本となる陰陽説、五行説にまで遡って学びます

算命学とは、古代中国で生まれた陰陽説・五行説に基づく思想・哲学(運命学)で、それを基にして人間の運命を考察したり、未来を予測したりするのが、算命学の占いです。算命学の占いは、その人の基本性質、今後の流れ、恋愛、結婚、離婚、仕事、就職、転職、引越、子育ての方法、相性等、非常に幅広い範囲を占う事ができます。

さる山さる子の算命学教室、略してさる命学教室のカリキュラムは、算命学の思想・哲学とそれが生まれた背景を、基本となる陰陽説、五行説にまで遡って、学ぶ構成になっているので、何故この様な答えが出て来るのか、と言う道筋(理論)が理解できる様になります。

思想であり、哲学でもある、算命学の奥深~い世界に、足を踏み入れてみませんか?占いが出来る様になるだけではなく、自分の人生を生きる為の指針になります。入学、授業体験をご希望の方は、お問い合わせ下さい。

さる山さる子の算命学教室、略してさる命学教室

さる山さる子の算命学教室(略して「さる命学教室」)の特徴

さる命学教室の最大の特徴は、算命学の思想、又、それが生まれた背景を、基本となる陰陽説、五行説に迄遡って学ぶカリキュラムにあります。このカリキュラムを学べば、何故この様な考え方、答えが出て来るのかと言う道筋(理論)が理解できる様になります。

最初しばらくは理論ばかりで、『占いを学びに来た筈なのに・・・』と思う方もおられるかも知れません。しかし、さる山さる子は、技術よりも思想・理論(基礎的なものの考え方)をしっかりと学ぶ事の方がずっと大事で、結果的にはその方が理解の近道なのだと確信しています。

即ち、陰陽説、五行説と言う(算命学の元となる基本的な)思想(理論)を理解することが大切で、ここをしっかり学んでおけば、後に分からない事、迷う事があったとしても、誰かに頼る事なく、自ら答えを導き出す事ができる様になれるのです。

さる山さる子の算命学教室で学べば、占い師として活躍することも

さる命学教室で学び、卒業試験に合格した時には、プロの算命学の占い師として鑑定できる技術と困難から逃げない気合が身についています。
また、当教室ではスタッフの養成も兼ねているため、卒業生の中から『整体占い さる山さる子』のスタッフになって下さる方が生まれたら、とても嬉しく思っています。

さる山さる子の算命学教室に通って得られる7つのメリット

  1. プロの技術が学べ、望めば占い師になれる(霊感不要)!
  2. 自宅開業でき、開業時の資金や経費がほぼ0。副業にも!
  3. 問題解決がしやすくなり、楽に生きられるようになる!
  4. 自分の事がわかり、セルフカウンセリングができる!
  5. 自分と周りの人との最適な距離感や接し方が分かる!
  6. 開業したい人は、卒業生価格で開業に必要な各種支援やアドバイスが受けられる!

さる命学教室の授業風景(ある一コマ)

 運命とは、その事物の誕生から終局に至る迄の道のり、動きを言うのであって、人間に限らず全ての事物に存在します。つまり運命とは、動の中に存在するものであって、静の中には存在しないのです。人間が現世に生きていると言う事は、常に動の状態であると言う事であって、故に人間にも運命が存在するのです。

 そして運命は、静なる運命と動なる運命に区分出来ます。静なる運命とは自身で動かす事の出来ないもの、動の運命とは自分の力で動かす事が出来るものです。算命学では通常、運命と言う時は動の運命の事を指します。

静の運命・動の運命

 例えば、その時代、その民族、その両親の下に生まれた事、男性・女性に生まれた事、金持ちの家・貧乏な家に生まれた事等の様に、人間には誕生した段階で既に決定され、動かす事の出来ない状況が存在します。それを静なる運命、即ち、宿命と言うのです。つまり(動なる)運命とは、宿命の下で動であるのです。

 算命学運命論では、陰陽説に従い人間の生を「動」(陽)、死を「静」(陰)と考えています。そし、生(動)の中にも陰陽があり、死(静)の中にも陰陽があるのです。即ち、人間が中庸を保って生きる為には、宿命(陰)と運命(陽)のバランスが重要になるのです。

陰陽

 (動なる)運命も、陰と陽の2つの要素から構成されています。即ち幸運(陽)と不運(陰)です。そして、陰と陽の2つの力がバランス良く(必ずしも半々ではない。)働くと言う事は、1年の内に晴れの日と雨の日がある様なもので、非常に重要なのです。

 ここで、幸運、不運と言う言葉が出て来ましたが、それらは主観的な問題であって、他人が評価出来るものではありません。しかし、自然の法則は陰陽二元の法則なのだから、人間は必ず不運・幸運の両方を感じる事になるのです。すると不運・幸運がそれぞれどのレベルのものなのかが重要になって来ますが、それには、人間がどう言う事、或いは、どういう所で満足し、又、不満に思うのかと言う事が大きく関わってきます。例えば、経済力を求め、お金を得る事によって満足を感じる人もいれば、地位や名誉を得る事で満足を感じる人もいて、お金も地位もいらないけれど愛が欲しいと言う人もいるのです。

 この様に、人それぞれに満足を感じる世界が異なるのですが、これはどうしてかと言うと、人間の本質(性格)が異なるからなのです。例えば、精神性が高く宗教家にふさわしい本質を持つ人間が実業家の家に生まれ、商売根性を叩き込まれたら、自己の本質と違うのだから、生家に馴染めず不満を抱えて生きていく事になるでしょう。しかし、この人がお寺に生まれていれば、非常に満足を感じる事になるでしょう。つまり、満足を感じる(幸運)か、感じない(不運)かは、自己の本質にあった環境に恵まれるかどうかに掛かっているのです。主観的な幸運・不運も、こう考えると、自己の本質と実際の環境があっていれば幸運、あっていなければ不運と定義する事が出来るのです。
 算命学基礎理論概説Ⅰ(カリキュラム7『運命論』より)