学ぶ目的は何?

カウンセリングをやっていて、時々聞く話が、『ある事を学んでいるのだけど、先生が尊敬できない。どうしたらいいのか』というものです。習い事に行く度に、苦痛を感じるそうです。
 

それに対して、

「学ぶ目的はその内容ですよね、先生の人格が関係ありますか?」

と伝えると、柔軟な方はすぐにハッとして、

「そうだ、私が知りたいのはその内容であって、先生と仲良くすることが目的ではなかった

と理解され、以来、楽しく学びに行けるようになります。
 

しかし、すぐには受け止められない方もおられます。そういう方には、大抵、「人の上に立つ人物は、人格的にも優れているべき」という思い込みがあります。
しかも、その『人格的に優れている』が、その人の求める自分にとって都合の良い価値基準に過ぎないので、やっかいなのです。
 

人格者のイメージ

『神様』と聞いて、どのような人格を思い浮かべますか?


もしも、優しく柔和で、1人も見捨てず、人々を大きく包み込むような存在、というイメージがあれば、『人格的に優れている』にも、そのような幻想を抱いているのではないかと思います。これをAパターンとします。
 

こういう自然の法則を学ぶことが、算命学の姿

しかし、私は『神様』は自然の法則と思っているので(算命学もそう言っている)、法則の通りに采配し、恵みもダメージも与える、とてもシビアな存在です。個人の都合や思いなど、考えてはいません。

そして、人は人格的に練られるほど、本質と法則に近づき、その人オリジナルな姿となり(Bパターン)、Aパターンのような人物になることは、皆無ではないかも知れないけど、ほぼ無いと思われます。
 

自然の姿であるBパターンの人格成長を遂げた人物に、Aパターンの幻想を抱いていて、なおかつ『人の上に立つ者は、人格的にも優れていなければならない』という思い込みを持った人が近づくと、そのミスマッチにより、ガッカリしたり、イライラしたりするようです。
 

質を活かすのは難しいけど・・・

さて、どうしてこのような記事を書いているかというと、たまに、Aパターンの幻想を抱いている人が、さる命学教室に入られると、なかなかな不幸が起きるからです。
なぜなら、さる命学教室の講師の隊長は、『優しく柔和で、1人も見捨てず、人々を大きく包み込むような存在』とは、かけ離れているからです。
 

ハイブリッド教室

思ったことを言う上に、分析力も高いので、見えたことは何でも、言ってしまいます。(図星のことも多い)

それが、彼の『質』なので、そこを変えさせようとすると、せっかくの素晴らしい点(これほど質の高いカリキュラムを作れて、講義ができる人はそうそういません)が死んでしまうので、隊長をなんとか、そのまんまで活かせるようにすることも、私の仕事のひとつだと思っています。
 

しかし、隊長の質は、分析力が高く、思ったことを全て言ってしまうだけであって、もちろんそこに意地悪な思いはありませんし、相手にダメージを与えようとしているわけではありません。

そして、人から好かれようという気持ちもなく、そこにあるのは、ただ、

  • 質の高い講義をしたい
  • 算命学を良い形で世に残したい
  • 『本当の算命学』の姿を少しでも多くの人に知って欲しい

という思いのみです。

なので、ちゃんと学びたいという気持ちを持ち、勉強する人のことは、しっかりと面倒を見ます。
 

なので、最初のうちは、隊長のことを毛嫌いしていた人が、講義の内容を知りたくて講義を受けるうちに、ただそういう質なだけだと受け入れられるようになり、隊長にツッコミを入れながら、和気藹々と楽しそうに講義を受けるように変化していく姿を見るのは、私にとっても望外の喜びなのです。

(そらまめ)
 

次回の算命学基礎理論ブートキャンプは

基礎理論ブート

12月26,27日(土日)です。

今年の締めくくりに、
自分を鍛えるために、
そんな隊長の講義はいかがですか?
 

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