算命学で戦争を語る

 現在、世界ではロシアによる侵略戦争が行われています。

 最近、「算命学 戦争」を始め、ゼレンスキー、ウクライナ、プーチン、ロシアというようなキーワードで検索し、さる山さる子のサイトを訪れる方が多く、算命学に関わる多くの人がこの出来事に対する関心を持っている事が分かります。

 日本一の算命学教室を自認するさる命学教室としては、この件について何も触れないという訳にもいかないだろうと思い、簡単にですが、記事にしておこうと思います。
 

 尚、この記事を書いている「さる山隊長」は、元陸上自衛隊の幹部自衛官で、イラク・クウェートにおいて半年以上の勤務経験があり、現地では迫撃砲やロケット弾による攻撃を複数回経験しています。又、高等学校地歴科第一種教員免許を持っています。つまり、陸上戦闘における戦術、歴史や政治経済に関する知識を所有しているという事です。

 ここでは、算命学の思想から戦争について語るのですが、しかし、その前に、筆者である私自身がどの様なものの見方をしているのかを明示しておく必要があるので、まずはそこから始めます。
 

戦争に関する私見

 「戦争とは、他の手段を持って行う政治の継続である」(=政治的な目的を達成する為の手段の一つとして戦争がある。)とは、クラウゼヴィッツ(プロイセン王国の将軍)の言葉ですが、これは至極尤もで、もっと平たく言えば、「戦争の目的は、敵に我が意思を強要するにあり。」という事です。
 

 日本では、残念ながら軍事について、ある意味アレルギー反応と言ってもよいくらい、忌避する傾向が未だにあると思いますが、軍事・戦争というものをよく知らなければ、それを避ける事も、コントロールする事も出来ません

 個人的には、軍事(当然、「核」も含む。)・戦争から目を逸らすのではなく、しっかりと見据え、日本国という共同体をどの様に維持していくのかを真剣に考え、冷静・論理的に議論し、決定し、実行するべきだと思っています。

 人間の感情は非常に大事なものですが、感情のみに囚われていては、冷静に物事を見極める事も、判断する事も出来なくなってしまいます。

 例えば、ある国が自国民を餓えや困窮から救おうという政治目的を持ち、その為に、日本国から物資・金銭・技術を得ようと思ったとします。その際、交渉によってそれを行うか、軍事力によってそれを行うかの選択権は完全に他国にあり、日本国にはありません。

 仮に、軍隊という組織力を使って攻撃を仕掛けられた場合、個人の力では、とても太刀打ちする事が出来ません。

 つまり、自分自身(=個人)の身を守る為には、仲間を作って団結し、共同で事に当たるしかなく、又、突然今日から団結しても、組織化され、訓練された軍隊に抗する事は出来ないので、予め団結して準備しておくより他ありません。
 

 繰り返しますが、日本が「戦争したくありません。」、「日本には憲法9条があります。」と幾ら言っても、外国がそれを受け入れてくれるとは限りません。又、戦争は、一方の意思のみによって避けられる訳ではありません

 戦争をしたくないから、或いは、戦争による人命の損害を恐れ、戦わずに降伏して相手国の言いなりになれば、待っているのは戦争よりももっと悲惨な未来かも知れません。抵抗しなければ、又、その手段がなければ、虐殺され、収奪されるがままとなってしまいます。相手国の住民の為に、日本国の所有する食料やエネルギーを差し出せば、戦争で亡くなるよりも、更に多くの住民が飢え死にする事になるかも知れないのです。
 

 故に、自ら十分な防衛力を所有し、共通する利害を所有する信頼出来る国々と同盟を結び(これが集団的自衛権)、日本国と戦えば負ける、或いは、勝ったとしても損害が非常に大きいという状況を作り、維持しておく事が必要不可欠であると思います。

 歴史を見ても、戦争は、戦力の差があまりにも開き、一方の国が他方の国を攻めても損害が少なく、得るものが大きい場合(実際にそうでなくても、そう思った時)、そして、第三国がその戦争に敵方として介入しないか、してもそれを排除出来る場合(実際にそうでなくても、そう思った時)に起こっています。なので、パワーバランスには常に留意しなければならず、力の空白を作ってはいけない(=隙を見せてはいけない)のです。
 

 ここら辺の事は、今世界で何が起こっているのかをよく観察すれば、よほど頭の中がお花畑でない限り、十分に理解出来る事なのだと思います。

 ありがたい事に、以前に比べ、お花畑思想を持つ人は格段に減っているでしょうから、少しずつでも、日本国は常識的(一般的)な国へとなっていくでしょう。今回の事件は、それを促進する切っ掛けになると思います。とは言え、頭の中がお花畑な人が完全にいなくなってしまうのも困るので、15%以下の少数勢力として存在してくれればと思っています。
 

算命学の思想で語る戦争

 算命学の方向理論では、戦争は、平和の正反対の場所である西方に位置していると考えています。西方は、有形・現実の世界の結果の場所で、五徳(儒教で言う五常)で言えば、義徳の場所です。
 

 尚、方向理論の詳細については、『理』(ことわり)の算命学・陰陽五行説的な解説(https://sarumeigaku.com/sarukoblog/archives/13966)をご参照下さい。

 義徳は、正しい事を貫く力(勇気)を意味しているのですが、その場所が戦争(闘争)の場所でもあるという事は、算命学では、戦争とは、正義と悪がぶつかる時に起こるではなく、正義と正義がぶつかる時に起こるのだと考えている事が分かります。
 

 又、算命学では、正義とは、その人(生き様、立場)、その集団によって異なる相対的なもので、絶対的な正義など存在しないと考えています。即ち、その身を置く環境において相応しい(好ましい)ものを以て善・良・吉、そうでないものを以て悪・否・凶と看做しているという事です。

 例えば、飢えた国民を食べさせる為に他国に侵攻して物資を強奪するという場面を考えてみると、強奪する国からすれば、飢えた国民の命を守る為の善なる行為(=正義)であるかも知れませんが、強奪される側の国からすれば、悪以外の何ものでもありません。この様に、正義とは、常に相対的なものであり、又、主観的なものなのです。

 今回のウクライナにおける侵略戦争においても、ウクライナにはウクライナの正義があり、ロシアにはロシアの正義があり、それがぶつかっていると理解する事が出来ます。これは、善悪良否の問題ではなく戦争は起こるという事でもあります。 

 この様な事を書くと、今回の件は明らかにロシアが悪いではないか、お前はロシアの肩を持つのか、日本の国益を考えているのか、という人がいると思いますが、それについては、追々語りますので、出来れば、最後迄お読み頂きたく思います。
 

 さて、算命学は戦争を否定しているかと言えば、決して否定していません。勿論、肯定もしていません。何故ならば、有史以来、戦争は常に起こり続けているからです。算命学的なものの考え方をすると、世界の状態を極として、陽・動・戦争・動乱期、陰・静・平和・安定期と区分する事が出来ます。

 即ち、あるものはあるものとして、善悪良否の判断はせず、取り敢えずは一旦あるがままに受け止める、それが算命学の思想なのです。ある意味、超然主義的な考え方と言っても良いのかも知れません。

 一方で、個人にしろ集団にしろ、世の中が、或いは、自分が、戦争をしているのであれば戦争をしているなりの、平和であるならば平和であるなりの生き方をする事が、自分の幸運・満足に繋がると、算命学では考えています。
 

 そもそも、算命学は、物事をどの様に捉えるかという思想であり、道徳や宗教とは違い、世の中はどうあるべきかという思想ではありません。即ち、世界はどうあるべきかという「理想」には興味がなく、世界とは実際にどうなっているのか、どの様な仕組で動いているのかという「現実」に興味を持つのが算命学なのです。算命学は、帝王学でもあるのだから、当然と言えば当然です。

 換言すれば、それがどんなに辛くても、道徳に反していても、好ましくなくても、現実問題として、あるものはあるものとして受け止め、その上で、冷静に自分や自分の属する集団の身の振り方を考察するのが算命学の思想なのです。
 

 この様に、冷静に物事を観察し、その裏に働いている仕組・法則を捉えるのが算命学の思想ですが、しかし、どの様に考えなければならない、どの様に行動しなければならないという様な事は決して言いません。ここが宗教や道徳とは大きく違うところです。

 算命学では、ある性質を持つ人が、ある環境を与えられたら、この様に考え、行動するだろうという予測を立てる事もあるし、又、こういう望みを持っているのならば、こういう環境に身を置き、こういう行動をする方が叶い易い、という様な判定もする(この部分が、算命学の占い。)のですが、ああしろ、こうしろとは決して言いません。

 では、なんと言っているのかと言えば、「どの様な道を歩むのも、その個人や集団の自由だけど、自然の法則(=中庸)に反した事を行えば、上手くいかないし、長続きしない。」と言っているのです。
 

 纏めると、算命学では、

  1. 戦争について、肯定も否定もせず、ただあるがままにそれを見つめている。
  2. そして、個人や集団に対して、どの様に考えろ、どの様に行動しろとは決して言わない。
  3. 故に、世界情勢、日本国の情勢、その個人や集団の置かれている環境、価値観、人生における優先順位、等々を考慮した上で、自然の法則(物事の仕組、理、道理)をも参考にし、最終的には、自分の頭で考え、覚悟を以て道を選べ、そして、その結果はしっかりと自分で受け止めろ

と言っている訳です。
 

 即ち、今回のロシアの侵略行為について、何を思い、どの様に行動するのかについて、算命学的な見地からの唯一無二の見解というものは存在せず、あるとすれば、算命学を学んだ個人の見解のみという事です。勿論、この記事とて算命学を学んだ一個人の見解に過ぎません。
 

ウクライナ情勢に関する私見

 日本国民である私個人としては、完全にロシア側に非があると考え、特に何が出来る訳でもないのですが、ウクライナを支持しています。これは、次の理由によります。

1 ロシアがウクライナの主権を無視している事
  (国連憲章第2条第1項違反)

2 ロシアが平和的な紛争解決手段を放棄している事
  (国連憲章第2条第3項違反)

3 ロシアが武力による威嚇、攻撃を行っている事
  (国連憲章第2条第4項違反)
 

 故に、ロシアには、それが軍事的な手段でなくとも、国際社会が連帯して、何らかの形で極めて大きな損害(ダメージ、罰)を与える必要があると考えています。

 これは、そうしなければ、冷戦終結後から維持されてきた「力による一方的な現状変更を認めない」とする国際的な慣習が消滅する事になり、延いては、戦争の頻発に繋がり兼ねない(勿論、日本もその当事者になるだろう)からです。
 

 故に、日本国も、国益を考えつつ、国際社会と協調し、ウクライナに対しては最大限の支援を、ロシアに対しては最大限の制裁を行うべきだと考えています。

 具体的には、必要であれば法改正をしてでも、PSAM、軽MATをウクライナに対して供与するくらいの事はするべきだと思っています。そうしなければ、日本がどこかの強国から攻められ、武器弾薬が不足している際に、ヘルメットや防弾チョッキのみが届いても、文句は言えないでしょうから。

 自分は助けないのに、自分の事は助けてくれなんて、あまりにも意地汚いと思うのです。そして、そんな人間や国は、信頼を失い、見放される未来が待っていると危惧しています。
 

国連憲章

第2条
 この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない。
1 この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている。
2 すべての加盟国は、加盟国の地位から生ずる権利及び利益を加盟国のすべてに保障するために、この憲章に従って負っている義務を誠実に履行しなければならない。
3 すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない。
4 すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
 


 私は、例外があるとは言え、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結した1989(平成元)年以降、力による一方的な現状変更(=侵略戦争)を認めないという暗黙の了解の下に、世界の秩序は一応保たれていた(暫く、領土を切り取ろうとする大国間の大規模な戦争はなかった。)と考えています。

 この状態を中庸(バランス)と考えれば、今回のロシアの行為はそれを崩すものであり、それによる影響は、全世界に及ぶ事になるでしょう。

 では、この影響がどの様に及ぶのかと考察してみると、陽・力による一方的な現状変更(=侵略戦争)の常態化(動)、陰・力による一方的な現状変更(=侵略戦争)禁止の維持(静)と考える事が出来ます。

 実際に、世界がどちらに進むのかは分かりませんが、私個人としては、現在の日本国の国力や周辺の環境を考えると、陰・力による一方的な現状変更禁止の維持(静)の方へ進んで貰いたいと思っています。

 そして、その為には、力による一方的な現状変更(=侵略戦争)の試みが、結果的に大失敗し、且つ、それを試みた国が大損害を被る必要があります。
 

 しかし、万一、力による一方的な現状変更(=侵略戦争)が成功し、さしたるダメージを受けず、大きな利益を得たとしたら、今迄の世界秩序は崩壊し、力による一方的な現状変更が常態化し、大規模な戦争が頻発する事になるでしょう。

 こうはなって欲しくないものですが、実際どうなるかは分かりません。正に今、その分水嶺にいるのだと思います。
 

 話は変わりますが、最近、日本のマスコミや言論人、政治家の中に、逃亡・降伏する事なく、踏み留まって奮戦しているゼレンスキー大統領を無能と評したり、早期に降伏すべきだという様な意見を表明する人達がいますが、その様な事を軽々しく言う人達は信用ならんと、私は思っています。

 多くの人的・物的な損害が出ようとも最後迄戦う事を選ぶのか、降伏してロシアの圧政の下に暮らす(保証はないが、命は助かるかも知れない。しかし、更に悲惨な目に遭うかも知れない。)事を選ぶのかは、ウクライナの人達が選択するべき事であって、外野があれこれ口を出すべきではないと思うのです。
 

 実際、ウクライナは、ソ連に支配された時代に、非常に悲惨な目に遭っています。その時の記憶からも、そう簡単に降伏など出来ないと考えるのも無理からぬ事であると思います。

 因みに、日ソ中立条約を一方的に破った旧ソ連(現ロシア)は、第二次世界大戦後、57万人以上の日本人をシベリヤに抑留し、奴隷的な労働を課し、その結果、5万人以上が亡くなりました。この事からも、ロシアがどの様な国か、ロシアに降伏し武装解除されればどの様な未来が待っているか、想像出来ます。

 又、戦術的に考えても、ウクライナの国土の広さ(日本の約1.6倍)、国際社会から武器弾薬等の支援が受けられる事、ロシアに対する国際的な制裁の強化を考えれば、長期戦で臨めば、ウクライナにかなりの被害は出るでしょうが、ロシアが戦闘継続不能に陥る可能性は十分にあります。そして、その犠牲を許容するかどうかは、ウクライナの人々次第です。

 以上の事から、私は、徹底抗戦を選択したゼレンスキー大統領の判断を支持しています。
 

 最後に、もし日本が現在のウクライナの様な立場に置かれたならば、日本国の首相には、ウクライナの大統領と同じく、逃亡・降伏の選択をする事なく、徹底抗戦を宣言し、踏み留まって戦って欲しいと、私は思っています。勿論、その際は私も覚悟を決めて戦います。陸上自衛隊の幹部上級課程を卒業しているので、少しは役に立つでしょう。

 国のトップが戦う意志を示し、その様に行動するならば、それを支援する者が必ず現れます(今のウクライナ情勢を見て下さい。)。しかし、国のトップがいち早く逃げ出し、或いは、降伏を宣言すれば、誰からの支援も得られず、場合によっては、戦争よりも多くの人的・物的な損害を出す事になるでしょう(少し前のアフガニスタン情勢を思い出して下さい。)。

 リーダーの決断は、国の未来に大きな影響を及ぼします。日本国の首相にあっては、ガニ大統領ではなく、ゼレンスキー大統領の方を見習って欲しいと思うのです。
 

 ウクライナという国を守る為に戦っている全ての人に敬意を表し、武運を祈ります。

(さる山隊長)
 

次回の算命学基礎理論ブートキャンプは、

2022年 3月22,23日(火水) です。

その次は、5月3,4日(GW中の火水)です。
詳しくはこちらをご覧下さい。
 

 

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算命学で戦争を語る への1件のコメント

  1. 加藤浩隆

    算命学の素人ですが、今回のブログも非常に理解しやすかったです。
    ウクライナ情勢に関する私見等も激しく同意でき、様々な方面の詳しくて正確な知識の上での考えには感銘を受けました。
    日本の有事の際にも頼りになります。
    私には大きな事はできませんが、頭の中がお花畑な人を10%程度に維持できるよう、SNS等で自分の考えを発信していきたいと思います。

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