『理』(ことわり)の算命学・陰陽五行説的な解説(2)

 前回は、前書き、予備的な解説、前段(五徳の部)の1番(義徳)・2番(智徳)の解説をしましたが、今回はその続きで、3番(仁徳)・4番(礼徳)の解説をします。
 

仁は慈しむ心
人に対する奉仕の気持ち
時に自己を貫き
時に能く衆と和す
たとえ進みは遅くとも
平和もたらす大きな力
人の歩みは儘ならぬもの
何も憂えず地に足を着け
自分の道を歩んで行こう


 仁は、東方木性の気、即ち、守備本能が発現したものであるから、人に対する慈しみの精神、奉仕に繋がっていきます。
 

 算命学では、守備とは、そのままを維持する気(エネルギー)であると考えています。これは、自分が相続財産として1億円を受け継いだなら、2億円にしても、5000万円にしても駄目で、受け継いだ1億円のまま次世代に受け渡していく様なイメージです。「何も足さない、何も引かない、」某ウイスキーの様なものです。(笑)
 

 現状を維持する為には、何よりも他人に邪魔をされない様にしなければなりません。その環境を整える為、人から攻撃されない様、人を慈しみ、人に奉仕をする訳です。算命学の初学者は、奉仕というのは中央土性じゃないの?と思うかも知れませんが、勿論、中央土性にも「奉仕」という意味合いはあります。しかし、東方木性の奉仕と、中央土性の奉仕では、その基となる目的、動機が違うのです。
 

 さる命学教室では、「守備本能は、KEEPと覚えて下さい。」と言っています。そして、何かを維持しようとする様は、他人の目には「自己を貫く」、「頑固」、「歩が遅い」と映ります。
 

 そして、何かを維持(KEEP)しようとする際、個人の力で行う方法(ここでは、陽・直接・狭い範囲)と、集団の力を使う方法(ここでは、陰・間接・広い範囲)があります。「多勢に無勢」という言葉もある様に、一個人の力など高が知れています。
 

 故に、集団を組織し、その力を使って守る方が、より大きな範囲を守る事が出来るのですが、その為に必要なのが、集団組織能力、即ち、和合の精神(他人と和する能力)なのです。
 

東方は平和の場所

 ところで、西方金性は闘争の場所でしたが、東方木性は平和の場所です。これはどういう脈絡かというと、人間はものを食べなければ生きていく事は出来ません。五行説において、食料そのものを表すのは木性(十干で言えば「乙」)で、それ故に、食事が十分に確保出来ている状態を平和、逆に、それを剋す(その状態を崩す)西方金性を闘争の場所と定義したのです。
 

仁者は憂えず

 最後に、東方木性は、「仁」徳の場所である訳ですが、人に対する慈しみ、奉仕の精神を所有する者は、憂う(心配する、思い悩む)事がありません。これは、普段から人を慈しみ、奉仕をしている(やるべき事をちゃんとやっている)事から来る自信(何があっても大丈夫、攻撃されない、助けて貰える)なのかも知れないし、又、そもそも人の事をちゃんと考えられる人物は、自分の事であれこれ思い悩まないのかも知れません。因みに、論語にも、「仁者は憂えず」という言葉があります。
 

 

礼は伝達の手段
自分の心伝える技術
時に正しい事を
時にその感性を
人に伝える役割は
未来を紡ぐ大きな力
人の歩みは儘ならぬもの
只あるがまま日々淡々と
自分の道を歩んでいこう


 礼は、南方火性の気、即ち、伝達本能が発現したものであるから、人に何かを伝える事に繋がっていきます。
 

 算命学では、南方火性は、「伝える」事そのものが役目であり、何を伝えるのかは、自分自身で見つけなければならないと考えています。
 

 では何故、ここで「正しい事」、「感性」の二つが出て来るのかというと、伝達の本能が「陽・動・直接・広い範囲」として現れる際は、正確な事実を広い範囲に伝える、逆に、「陰・静・間接・狭い範囲」として現れる際は、個人的な見解や感性を狭い範囲に伝えるという形の伝達になるからです。
 

 そして、南方は、無形・無限にして精神の未来の場所、おめでたい場所、健康の場所、享楽の場所、人間が生き易い(あるがままに生きられる)場所、子供の場所、子孫繁栄の場所です。
 

 

 

伝達の最大発揮

 ところで、前に南方火性は、「伝える」事そのものが役目と述べましたが、人間の伝達本能の最大発揮は、種の相伝です。
 

 たとえどんな素晴らしい事物を作り上げたとしても、誰かに伝え、誰かの役に立ったり、人間の世に残っていかないのであれば、その価値は無いも同然だと、算命学では考えています。それ故に、個人の範囲では、中央土性なのですが、種全体としては、南方(無形・無限にして、精神の世界)が非常に重要な意味を持つのだと言えます。
 

 算命学では、人里を離れ、修業して自分を高める様な行者について、もし、そこで得た悟りなり何なりを、他人の為に活かさないのであれば、そんな人、そんな物には、何の価値も無いと考えています。
 

 即ち、何かを生み出し、作り上げたとしても、それだけで価値が生まれる訳でなく、人に伝え、人の役に立ててこそ、初めて、その何かに価値が生まれると考えているのです。この様に、算命学は、何処迄も「人」に焦点を当て、物事を考察していくのです。
 

伝達に必要な技術

 尚、伝達の本能は、礼徳として現すと良いと、算命学では考えている訳ですが、礼徳とは、換言すれば、礼儀・礼節です。即ち、人に物事を伝えていく為には、礼儀・礼節に則って、分かり易く表現しなければならないという事です。
 

 人は、尊敬しない相手に対しても、敬語を使って話します。算命学では、これは、自分の言葉を相手に分かって貰う為の処世術、技術であり、他の誰でもなく、自分の為の行為なのだと考えています。
 

 考えてみれば、「売り言葉に買い言葉」という様に、自分が乱暴な言葉を発すれば、相手からも乱暴な言葉が返ってきます。そうなってしまえば、最早話し合いは出来ず、自分の意思を相手に伝える事も出来ません。その様な状況に陥らない為の技術が敬語、即ち、礼儀・礼節という事です。
 

 この様に、非常に冷徹で合理的な考え方をするのが算命学の特徴で、「不思議な事は起こらない。」(物事は自然の法則に順って起こるので、それを外れる様な現象は起こり得ないという意。)と考えてすらいるのです。
 
 

 さて、ちょうどここで2回目の間奏が入るので、一旦休憩して、後は次回に譲りましょう。
 

(隊長)
 

『理』(ことわり)の算命学・陰陽五行説的な解説(1)

『理』(ことわり)の算命学・陰陽五行説的な解説(2)

『理』(ことわり)の算命学・陰陽五行説的な解説(3)

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