『過猶不及』という言葉がある。
『過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し』という意味だが、ここのところこれがちょいちょい話題に登る(私の周りで)ので、書いておこう。
中庸(ちゅうよう)とは
算命学には『中庸(ちゅうよう)』という概念があって、中庸をもってよしとする。
中庸というのは、バランスが取れている状態だ。
人は、たくさんある程、優れている程良いと思いがちだが、度を超すとバランスを崩す。
例えば、ものすごい美人とかも、中庸から外れた状態であり、算命学的には『異常』と見做す。
確かに、北川景子やガッキーみたいな超絶美人が社員50名ほどの会社で事務員とかしていたら、いろいろなトラブルの元になりそうだし、目立ちすぎて日常生活も送りにくいだろう。
芸能界ってある意味そういう中庸から外れた特殊な人の受け皿でもあるよなぁと思ったりする。(余談)
つまり、不足・足りない状態もNGだが、過度でもバランスが崩れ、足りない状態と同じになってしまう。
しかし、人は、たくさんある程、優れている程良いと思いがちなので、足りない方には改善しようと注意を払うが、過度な方はあまり注目しない。
例えば、人と関わりを持たなさすぎても仲を保つことはできないが、中庸を超えて持とうとし過ぎるのも不全である。
一時間おきにメールが送られてきて、返事を返さないと怒るような人とは、長期に渡って仲を保つことは出来ないだろう。
人への気遣いも、しなさすぎても迷惑をかけるが、反対に、しすぎてもお節介となったり、相手の行動の芽を摘んでしまったりする。
もしも、何かうまく行かないと思うことがあって、足りないところ、やっていないところばかりを探していたという人は、視点を変えて、やり過ぎているところはないかを探してみるのも有効だと思う。
普段はバランスが取れているのに、時々問題を起こすという人は、やり過ぎて何かをダメにするのは、大概、嬉しくなったときや自信を持ったときなので、特にそういう時の自分の行動に注目してみると、何か大事なことが見つかるかも知れないよ。
(そらまめ)